近畿大学推薦寮東大阪奥田荘に住んだ時の記録と大家さんのすごさについて

僕が近畿大学の推薦寮であった東大阪の奥田荘に住んでいた時の記録について書いてきます。

奥田荘に来ることになった経緯

友人に紹介してもらったというのが初めの経緯になります。

その友人は現代タイでビジネスをしていますが、進路決定に迷っていた私はここにいくしかなかったというのが現状でした。

 

 

奥田荘および関西で感じたこと

大家さんの教養レベルの高さ

大家さんはおばあさんですが、当時大学に行って高校の歴史の先生をやっていたというインテリです。

そして後述しますが、ただのインテリというわけではなく学生時代にビジネスを立ち上げて歴は50年という超ベテラン。

話すたびに色々な知識や経験を教えてもらいました。私がどんなネタを振ったとしてもそれを2倍3倍と上回る知識と知恵を返してくれるボキャブラリー。

例えば私は与謝野晶子と同じ12月7日生まれなのですが。

与謝野晶子が私の主審の静岡に最も旅行に行っていたんですよ。

伊豆とか熱海とかたくさん行っていたんです。という話を振ったところ、

いきなり詩の一部を話初めて  静岡の伊豆と行ったら「唐人お吉」やなという話になり

温泉芸者さんの話になり、京都の芸者さんと何が違うのかの説明になり。

 

皇族は文系科目を学ぶ必要があったという話がなぜそうなのかという説明をしてもらったり。

 

とにかく話が無限に広がって行ってしまうというデメリットもありますが私にとってはとても貴重な時間でした。

 

大家さんのビジネスセンスの高さ

なぜ大家さんがビジネスセンスが高いのか。それは大家さんのおじいさんとの関係が大きいと感じます。

大家さんのおじいさんは米のビジネスで財をなしました。

ちなみに成り上がったストーリーはここでは書けませんが、かなり泥臭いことをしていました。ですが、何事も初代というのは非常に泥臭い作業をしているということを間近で聴けたことはよかったです。

もともと奥田荘は大家さんのおじいさんが隠居するために建てられたお屋敷を改造したものなのですが、

当時住む場所がほとんどなかった近畿大学付近。

当時の学生に住む場所を貸し出したのが最初だということです。

おじいさんの血筋を引いていたということと、小さい頃から大学生に囲まれていたということもあり、
今の大家さんの発想力であったりだとかセンスが積み重なっていたものだと感じます。

大人の会話というのが否応無しに聞いていたので、思春期くらいには

ちなみに宿題は住んでいた近畿大学達にやらせていたとのこと笑 それでもめっちゃ賢いと私は感じます。

 

大阪および関西圏の人柄や特徴を肌感覚でしれたこと

関西の特徴としてやたらと店が多いことが挙げられます。

ビジネスを継続するには何かしらの特化したものが必要だということ。そうしないと必然的に店は潰れてしまいます。

なので関西人はやたらと数字にうるさいですし、細かいところまで見て来ることが多いなとは感じました。

ビジネスビジネスしているといえばしているのですが、意外と義理人情に溢れているのが大阪なのかとも思いました。

奈良県にも少しすみましたが、奈良県も人情という面では非常によかったとは感じます。

 

社会には色々な人間がいる

社会人も8年くらいやってから奥田荘に住み着いた私ですが、社会には色々な人がいるものだということをこの場で知りました。

とはいうものの、今後の人生を行きていく上で変な人も含めて人間を観察するという点では非常に勉強になりました。

私自身最近占い師けんけん氏のチャンネルを見ていますが、観相学という学問に興味が湧いて色々と人間観察をしております。

 

 

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